太陽と月、生と死の狭間

誰にも公開していない、匿名だから書ける事を懇々と書き続けるブログ

埋まったページは消せない、上書きもできない、絶対的な価値観。

精神科主治医に自分の考え方を話した事がある。
簡単に言うと「私はこの世において不要な人間であり、自分の代わりはいくらでもいる」という概念だ。
これは幼少時からの思考回路であり、恐らく死ぬまで、いや死んでも?覆る事はないだろう。
それほど、12歳までの「虐待」とも言える大人達の所業は凄まじいものだった。
(敢えて「大人達」と書いた。そのうち後述する)

私が死んでも、せいぜい親族や友人・知人合わせて哀しむのは5年程度だろう。
5年もすれば、みんなキレイさっぱり忘れて、元の生活を営み始める。
私の価値は、5年で消える程度の存在だ。
そして、私が死ねば、別の人が私の代わりに今の仕事も、立場も請け負ってくれるだろう。
簡単に言えば「別に私じゃなくても、誰でもいい」のだ。

主治医は「脳の機能が一部驚異的な発達をし、記憶力や言語力が飛び抜けた才能がある。それが自閉症というもの。
そして、その記憶も歴史も、決して覆せるものではない。例えるなら、ノートの前半が既に書かれている状態。
だったら、その後ろを自分の思うように書いていくしかないんじゃないか。
そして、できれば、そのノートの前半も、書き換えていければいいんじゃないか」

キレイゴトを吐きやがって。

私は笑顔で「そうですね」と言いながら、内心毒づいていた。
祖母に「お前が産まれなければあの女にパパは騙されなかった」と言われた事を、書き換えろと?
「お前の帰る場所は無い。ママのところにいってみな。あの女は嘘つきだからお前を見捨てるよ。私が拾ってやったんだ」と恩着せがましく言われた事を忘れろと?
決して迎えに来ず、助けにも来ず、自分達の身可愛さで静観し、自分達の生活と引き替えに娘を人身供物に差し出したあの両親を、赦してやれと?

人は、経験した事しか理解できない。その痛みも、傷口も、慟哭も、絶望も、絶対に理解できない外の範疇にある。
精神科と言っても、所詮法律と理論に縛られた存在だ。ただ、受診している事で、法が認める「障害者」になれる。それだけ。

この絶望をどうやって返してやろうか。どうやって復讐し、どうやってあいつらを奈落の底に叩き落とすか。
そればかりを考えながら、安定剤と睡眠薬を飲み続ける。
そして二週間に1回、「どうやって自殺しようか」と夫の部屋から持ちだしたネクタイをドアノブにかけて試してみる。
そんな現実を、夫は何1つ知らない。もちろん、私がどんな形で死んでも、彼が責められる事はない。
夫は「健常者」だから、持ち上げておくに越した事はない。「健常者」の主観が、日本の社会での全てだからだ。
結果、それは私の生活にも影響が出る。万が一の時に、「ご主人も奥様も頑張っていたんですよ」と証言するだろう。
だから、主治医の前では「いい夫なんです」と言い続けた。
言語IQと生来の「演じる」力で、夫は見事に「理解のある、優しく聡明な人間」としてインプットされたらしい。

所詮、その程度だ。

さて、今日も考えてみるかな。
私を苦しめ、一生を棒に振る程の傷を残した連中に、どうやって復讐し、その後どうやったら楽に死ねるか。
どうやったら私の苦しみの100倍の絶望と苦しみを生涯味わえるか。
今のところの、最大の課題だ。

17時32分。義両親はセカンドライフを楽しむための旅行中。私は一人、留守番のために残る一人部屋にて。